ここで話の舞台を『闇千年城』に移す。
この時、最高側近『影』は未だに昏睡より眼を覚まさず、『影』が一手に担っていた事務の仕事はと言えば謹慎より復帰した『六師』が分担で行っていた。
分担といっても、実際には『地師』が中心となり、それを『水師』、『炎師』、『闇師』がサポートしている形となっている。
そして『風師』、『光師』の二人は事務仕事を免除された代わりに資料の運搬を行っていた。
自他共に認める事務能力皆無の二人に事務仕事を強要させた所で、全体の効率が著しく落ちる事は目に見えている。
それならば最初から除外した方がましと言うものだった。
そしてこの時も『風師』と『光師』は決済が終わった事務書類を所定の場所に運び終えた所だった。
三十九『守護者』
「あ〜あ、かったりぃ・・・暴れてぇよなぁ・・・」
「無理言わないでよ兄ちゃん。僕達、王様から前線に出る事禁じられているんだよ」
「判っているって、言ったみただけだろうが」
「兄ちゃんの場合本気でやりかねないから言っているの。皆同じ意見だと思うよ」
「こんのガキ、その減らず口永久にへらねえ様だ・・・」
不意に『風師』の表情が引き締まる。
「兄ちゃん」
それに釣られるように『光師』の表情も一変する。
前方の自分達以外の気配を察知し一瞬で警戒する。
「おい、そういや今日は陛下への謁見依頼した奴いたか?」
「いる訳ないじゃんか。二十七祖は軒並み作戦で出ているんだし」
「んじゃ敵か・・・『光師』おめえさっさと全員呼んで来い」
「えっ僕だって戦えるよ」
「いいから呼んで来い戦闘に関して言えば俺に一日の長があるんだ」
「・・・ちぇ判ったよ。どちらにしても甘く見れる相手でもなさそうだし」
「ああさっさと呼んで来てくれ正直、俺が戦っても苦戦しそうだからな」
その言葉を背に受けて『光師』が駆け出す。
それを追う様に一筋の矢が『光師』を貫こうと迫り来るがそれを『風師』が素手で・・・正確には『シルフィード』で武装しているが・・・掴み取る。
矢かと思われたがそれは剣だった。
「おいおい、ガキを背中から射殺そうなんて褒められた所業じゃねえぞ」
剣を握りながら前方の暗がりを睨みつける。
「はっ、あいにくと私は騎士でも戦士でもない。ただの掃除屋に過ぎん。ごみを掃除するのならば最短で片付けるのが筋と言うものだろう」
皮肉げな台詞を皮肉げな口調で発しながら奥の暗がりから姿を現したのは赤き衣を纏う逆立った銀髪の男・・・しかし、その視線は鷹よりも鋭くその身の内に秘めた魔力は『六師』のそれに匹敵する。
「掃除屋だと・・・まあ誰でも良いか。ここまで侵入できた以上、手前が人間じゃねえって事だけは確かだ。今はそれだけで十分か」
そう言いながら剣を投げ捨てようとする。
しかし、それと同時に
「・・・壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」
皮肉げな口調を変える事無く男・・・英霊エミヤは呟いた。
事務仕事をしていた『地師』達の耳に突然轟音が響いた。
「何だ?」
腰を浮かせる『地師』の表情に不審の色が浮かぶ。
「何だ一体?まさかと思うがユンゲルスとニックの奴暴れだしたのではないだろうな」
「まさか、それは無いわよ。ユンゲルス君は・・・少し喧嘩早い所があるけど、ニックはいい子ですもの」
「メリッサ姉さん、あいつが姉さんが言うほどいい子なら私達手を焼いていませんよ」
そんな事を言っている内に、
「姉ちゃん達!!」
『光師』が飛び込んできた。
「ちょっと!あんた何騒いでいるのよ!どうせ『風師』と遊んでいたんでしょうけど」
「そうじゃないよ!敵襲だよ敵襲!!」
その言葉に全員の表情が一気に引き締まる。
「ニック、その敵襲の規模は?それと今は何処に」
「おそらく一人だと思う。今、兄ちゃんが食い止めて」
言い終わる前に『光師』を横にどかし、『地師』は腰をすえて何か受け止める体勢を構える。
「??あなた、どうかされ」
『水師』が夫に尋ねようとしたのと同時に何かが『地師』目掛けて吹き飛んできた。
「!!」
このままの勢いであれば壁に叩きつけられるであったが予測していた『地師』が受け止めた。
『地師』に飛び込んできた人物・・・それは『風師』だった。
「げほっげほっ・・・とっつあん悪い」
「気にするなユンゲルス、それよりもどうしたその腕」
『地師』が驚くのも無理は無い。
『風師』の片腕はぼろぼろにされ腕としての用途をもはや成していない。
「正直油断した・・・剣が突然爆発するなんて想像の外だったからな、『シルフィード』の装甲が薄かった」
「剣が爆発だと?」
「それよりも敵は?」
「もう直ぐ来る」
そういうや否や、突然部屋の外から巨大な魔力が高速で近付く。
「くっ!『ジン』!」
『炎師』が幻獣王を身にまとい炎の装甲が現れる。
「やるなら全力だ!生半端な装甲だとこっちが吹っ飛ばされる!」
後ろから『風師』の忠告に従い、炎の装甲は中世の騎士が身にまとうプレートメイルと姿を変える。
そして、飛来してきたそれ・・・奇妙なほど歪に捻じれ曲がった巨大な矢を受け止める。
この場にいる全員は知る由も無い。
今『炎師』が受け止めたのはただの矢ではない。
宝具『赤原猟犬(フルンディング)』、射手が狙いを定めている限り永久に追尾を続ける魔剣。
そして『炎師』が受け止めた『赤原猟犬(フルンディング)』はその名に恥じぬ力を見せようとしていた。
『炎師』の装甲を貫けないと見たのか、生き物の如く『炎師』の身体から抜け出し、後方の『風師』を貫こうともがき始める。
「な、何だこれは!」
「!!燃やせ!それはただの矢ではない!!」
『地師』の声にはっとした『炎師』の装甲から更に炎が吹き上がり、周囲を煉獄よりも過酷な灼熱地獄に変える。
その炎の色は赤から黒に限りなく近い蒼に変わり、周囲の机や椅子、書類等は燃えると言う順番を省略されて灰と化している。
そうなれば当然後ろの『五師』も無事で済む筈はないのだが、『炎師』が炎を吹き上げるのと同時に『水師』が水の幕で自身達を覆っていた。
その水の幕が誇る断熱能力は志貴の『極鞘・玄武』の秘技である『霧壁』に匹敵するだろう。
このまま矢は焼き尽くされるかと思われたが、突如矢が爆発を起こす。
「ぐお!!」
突然の衝撃に軽く吹き飛ばされるが装甲が厚い所為もあり実害は皆無に等しい。
炎の装甲を解くと、一気に周囲の気温は下降していく。
「何だこいつは・・・ユンゲルス、お前が負傷したのも頷ける。仮にお前が『シルフィード』の装甲を最大出力にしても負傷は免れえなかっただろうな」
『風師』の幻獣王、『シルフィード』の装甲は攻撃も上昇させるが更なる特徴として機動性を重視しており、防御の観点から言えば、脆弱な部類に入る。
『炎師』の幻獣王、『ジン』は逆に機動性を犠牲にして防御に回している。
特に最大出力の場合、装甲の厚さも勿論だが、先程見たように全てを瞬時に灰にする極熱の二段構えの防御を誇り、まさしく移動要塞と呼ぶに相応しい。
その最大出力の装甲でも不意打ちだったとしてもあの爆発で吹き飛ばされたのだ。
『風師』の装甲では最大出力でも防げたかどうか定かではない。
「ほう、それなりに魔力を注いだのだが・・・まだ生きていたか」
そこにまさしく忽然とエミヤが姿を現した。
「ユンゲルス、こいつか」
「ああ、気をつけろ、生半端な奴じゃねえ」
「そんなのここまで来たって言う事実があるんだから判りきっているわよ」
何しろ『六王権』の居城たる『闇千年城』、その中枢近いここまで何者にも気取られる事無く潜入を果たしたのだ。
それはただの人間である筈がない。
全員が戦闘態勢に入ろうとした瞬間、『六師』とエミヤの姿は部屋から掻き消えていた。
それは夢だった・・・
深い漆黒の闇・・・いや影の中、彼は定められた道を静かに歩いていた。
やがて辿り着くのは影の中に聳え立つ影の城。
いや普通ならば周囲の影に何も見える筈もない。
だが、彼の眼にはそれは確かに存在していた。
当然のように開かれた影の城門を潜り抜け、何の咎めも無く城内に入り、そして玉座の間にたどり着き・・・
そこまで来てからの記憶はひどく曖昧だった。
なぜなら彼の意識は急速に覚醒に向う・・・目覚めの時が来たのだ。
最後の休息の時間は終わり、彼は再び戦場に立つ。
主君を守護する為に・・・そして自分が最強の敵と認めたもう一人の王を討ち取る為に・・
その手に持つ証と共に・・・
ようやく状況を把握した『六師』は『何が』起こったのかは把握したが、『何故』起こったのか理解できなかった。
『六師』とエミヤは玉座の間・・・すなわち『六王権』の鎮座する場所に転移させられていた。
「下がれ『六師』。お前達では全員総がかりでも苦戦は免れぬ」
「陛下・・・」
全員何か言いたげだったが、主君の命に従い渋々下がる。
「さて・・・来るとは思っていたが、やはり世界は我々を邪魔とみなすか・・・守護者よ」
「なるほどな・・・貴様は流石にわかっているか・・・『六王権』」
焦りの色も無い『六王権』の質問にエミヤも皮肉な笑みを深め、遠まわしな肯定をする。
「そうだ。貴様達の行いは世界に多大なる害を与える。それ故に私が掃除屋として派遣された」
「ほう、では世界は人類が我が物顔でこの星を貪り食らう方が良しと見るのか?」
「少なくとも貴様らが人類を根こそぎ滅ぼすよりはまだましだな。貴様らの行いは世界から見れば『傍迷惑』に過ぎぬと言う事さ。それに・・・人が己の愚考ゆえにこの星を滅ぼすとしてもそれは星の寿命に過ぎぬ。寿命の時に人類がいた、もしくは人類は星の寿命を告げる為に世界にとって生み出されたという話ではないか」
「仮に星に寿命が来たとしてもそれを加速度的に速めたのは人であろう」
「ちっ、やはり話は平行線か・・・まあ良い、私も議論する為にここに来た訳でもない。私がここに来た時点で結末は決まりきっているのだからな・・・『六王権』貴様の死がな!!」
そう言うや『六王権』目掛けて無数の剣弾が一斉に襲い掛かる。
速度、タイミング共に『六師』が間にも入れない。
何本かは防げても全て防ぐのは不可能。
だが、『六王権』の表情に焦りはない。
「私の死か・・・やれるのならばやって見せよ。だが・・・それは我が信頼する影を倒してからになるが」
その語尾に重なる様に詠唱が木霊する。
「影状固定(シャドー・ロック)」
至近まで迫った剣弾、その全てが影の腕に横から掴み取られる。
いや、掴み取るに留まらず、その全ての剣をエミヤ目掛けて投げ返す素振りを見せる。
「くっ!壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」
爆発を起こした剣は影の腕を巻き込む。
「遅くなりました。陛下」
「良くぞ戻ってきたな・・・『影』」
影から湧き上がるようにエミヤから『六王権』を守るように現れた最高側近『影』に『六王権』は信じられないほど柔らかい笑みを浮かべた。
「ちっ、そう言えばいたな『六王権』を最も身近で守護する最高側近が」
必殺の奇襲を阻まれ舌打ちしながらあえて距離を取るエミヤ。
それに比例するように『影』も一歩前に進む。
「大聖杯以来だな。守護者よ」
「ああ、よもや同じ時代に同じ奴と合間見えるとは・・・あの時は予測すらしていなかった」
「それはこちらとて同じ事。おまけにお前もまた『剣の王』だったとはな」
その言葉に鋭い視線を更に鋭くさせるエミヤ。
「ほう、気付いていたのか」
「気付いたというのが正確か。お前と奴とでは類似点が多すぎたからなよもやと思ったが。さしずめ、平行世界において、別の道を辿った『剣の王』と言った所か」
「それで良い。そして今の私はただの掃除人。貴様らと言う世界の害を取り除く為にここに来た」
「そうか、お前は別の平行世界において抑止の守護者にまで上り詰めたと言う事か・・・流石と言った所か・・・だが、な例え守護者相手と言えども陛下に指一本たりとも手出しはさせぬ。俺の使命は『真なる死神』以外の陛下の敵を滅ぼす事。故に俺は貴様をここで殺す」
「私を殺すか・・・ずいぶんとでかい口を叩けるな。私に依頼をかけたのは人ではなく世界そのものだ。世界のバックアップによって魔力量だけなら貴様らを凌駕するぞ」
「戦いは魔力量だけでするものではない。それを教えてやろう。エミリヤ、お前達は陛下を頼む」
「兄上、ですが・・・」
「何そう時間をかけずに終わらせるさ。俺の勝利をもってな」
「ほう、抜かしたな。ではその大言の源見せてもらおうか!」
短くとも激しい舌戦の後、『影』とエミヤは同時に詠唱を唱える。
「・・・・・・(全ては無より始まった)」
「・・・・・・(身体は剣で出来ている)」
二人の詠唱が交錯する。
「・・・・・・(そこより表裏・陰陽産まれ落ち、光と影現れた)」
「・・・・・・(血潮は鉄で心は硝子)」
一つの詠唱毎に二人の魔力が高まる。
「・・・・・・(されども光が現に寄る辺得ても影は未だ寄る辺を求め探し続ける)」
「・・・・・・(幾たびの戦場を越えて不敗)」
「・・・・・・(寄る辺無く故郷も無くただ彷徨い拠求める影達よ我に従え我に服従せよ)」
「・・・・・・(ただの一度の敗走も無く、ただの一度も理解もされない)」
放出される魔力は渦となり、風を巻き起こす。
「・・・・・・(さすれば与えよう汝らの故郷を)」
「・・・・・・(彼の者は常に一人剣の丘で勝利に酔う)」
「・・・・・・(望むならば求めよ欲せよそして呼べかの地の名を)」
「・・・・・・(故に生涯に意味は無く)」
そして限界を告げるように
「・・・・・・シャーテン・ライヒ(偉大なる影の帝国を)」
「・・・・・・アンリミテッド・ブレイド・ワークス(その身体はきっと剣で出来ていた)
全てが爆ぜた。
一方よりは炎が奔り、炎に沿うように世界を
一方からは影が滲み、宙を天を覆い世界を、
二つに分け並び立った。
一方は破滅と失墜を現す様な夕闇の荒野、その天に形作られるのは錆び付いた歯車。
歯車がきしむ音を発する度に剣は生み出され不毛の荒野に突き立つ剣はさながら剣の墓標。
これこそ抑止の守護者、英霊エミヤの唯一の武器、固有結界『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』。
一度視認した剣全てを内包する事の出来る剣の世界。
もう一方は、天に作られた弱々しき太陽に浮かび上がる城と無数の砦、そこより現れるのは英雄、勇者、豪傑の影。
その他有象無象の影を招聘する『影』の固有世界『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』、まさしく影達の唯一の国。
この二つが丁度二人と等距離の地点から真っ二つに分断されていた。
「おいおい、どういう冗談だ。『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』と並び立っているぜ」
あまりにも非常識な光景に『風師』が呆れ果てる。
「ねえ母さん、僕固有結界や固有世界なんて良く判らないけど・・・二つの心象世界が並ぶなんてありえない事じゃなかったけ?」
『光師』が訳も判らずとりあえず『水師』に尋ねる。
「普通ならばあり得ぬ事だ」
それに答えたのは『六王権』本人だった。
「心象世界と心象世界が並び立つ事は極めて稀・・・いや、ほとんどありえないと言って良いだろう。少しでも天秤が傾けば強い心象世界が弱いそれを飲み込み打ち砕く。仮に拮抗する時があるとするならば・・・固有世界が二つ現れた時だけ」
「それにも拘らず拮抗していると言う事は、守護者のそれも固有世界?」
「いや、もしも固有世界が使えるのならば抑止の守護者になる筈がない」
「つまりは固有結界だと?」
「おそらく、それを世界がバックアップしている事により世界の修正が最小限に抑えられているのだろう」
「つまり奴のあれは旦那の『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』と」
「修正力の負担と言う点ではほぼ同等と見て間違いあるまい」
そんな会話を余所に『影』とエミヤは睨み合い続ける。
その睨み合いを終わらせたのはまずはエミヤだった。
複数の剣弾が『影』ではなく『六王権』に狙いを定めて飛来する。
それを、砦から現れた複数の影が弾き、折り、打ち砕く。
ただの一本も『六王権』には届かない。
「・・・私ではなくあくまでも陛下を狙うか」
静かな声の中に怒りを滲ませて発した『影』の質問にエミヤは何を今更と言った口調で返答する。
「ふっ、私の目的はあくまでも『六王権』。それ以外の貴様らは私にとってはそこいらの石に等しいのでな」
その言葉に『六師』が激昂する。
「てめえ・・・」
「『風師』、陛下の周囲をお守りしろ」
未だ治癒も完全で無い中、エミヤに襲い掛かろうとした『風師』だったが、『影』の制止の声に足を止める。
「ふむ・・そこいらの石か・・・言いえて妙だが、いくらお前の剣群でも俺の影達を防ぎきれるか」
それと同時に、全ての城砦が開門され影の軍団が姿を現す。
「はっ、貴様の先程の台詞返すぞ。数を揃えれば良いものでもあるまい」
エミヤの周囲の剣が浮き上がり一斉に狙いを『六王権』に定める。
「俺を敢えて無視するならばそれもよかろう、強引にでもその視線を・・・向けさせるまで!!行け!!奴に陛下攻撃の暇与えるな」
『影』の号令と共に影の軍団が地響きを鳴らして『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』の領域に侵攻する。
それを待ち受けていたのはやはりと言うべきか剣の軍勢。
頭上に現れたそれはつるべ撃ちの如く撃ち込まれ影達に襲い掛かる。
突然の奇襲に脳天から貫かれ切り裂かれ倒れ伏す影達。
普通の戦場ならば傷口から血や内臓をぶちまけて死体となって倒れるが、影達にそのような事はない。
現実感は急速に薄れ、ただの影となり『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』に還る。
だが、初撃こそ思わぬ奇襲に不意をつかれたが、影の軍勢も直ぐに反撃に転ずる。
頭上に降り注ぐ剣の雨を撃ち砕き、弾き飛ばし、ねじ伏せていきながらじわじわとエミヤとの距離を詰めていく。
だが、すぐさまエミヤも新手の剣弾を展開。
影の軍勢を薙ぎ払い、今度は剣が『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』に入りこむ。
無論『六王権』にも相当数の剣が襲撃してくるが、『六師』に加え、影の軍勢の中でも精鋭とも呼べる英霊部隊を護衛に差し向けている為、一本所か僅かな欠片すら届く事はない。
一方、剣と影の軍勢は二つの心象世界の中間地点でまさしく一進一退を繰り返し、お互い決定打が見出せない状態だった。
しかし、『影』にはその表情にまだ余裕はあれど、エミヤには焦りが少しずつ滲み出ていた。
いくら世界のバックアップで修正の影響を最小限に留められているとはいえ、皆無ではない。
修正の負荷が皆無な『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』との間に負荷の差が出始めつつある。
長期戦は圧倒的にこちらが不利になるのは自明の理だった。
かと言って『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』を強行突破できるかと言えば正攻法では不可能。
何しろいくら打破してもすぐさま帝国から現れる無限連鎖。
どこかで連鎖を阻まなければ勝機は無い。
ならば奇策に活路を見出すしかないだろう。
そう判断するやエミヤは剣群の半分を『六王権』に差し向ける。
「陛下を狙う事に全力を注ぐか・・・だが、層が薄くなったその剣群で俺の影達を阻めるか!」
『影』の言う通り、『六王権』攻撃に更なる剣を投入した為、影の軍に向けられた剣達の層は薄く、次々と剣の防衛網を引き千切りながら遂にエミヤに迫り来る。
だが、それを見てもエミヤに動揺の色は見て取れない。
そして次の瞬間、エミヤに斬りかかろうとした影の兵士は一瞬にしてその姿を影に立ち還らせた。
「!!」
「ふっ、私が考えなしに誘い込ませたと思うか」
皮肉げな口調でエミヤはその手に持つ短剣・・・『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を大量に剣製、それを次々と撃ち込んで行く。
「ちっ!あの時のあれと同じ効果か」
思わず毒づく『影』には直ぐにエミヤが繰り出した短剣が過去、士郎との戦いで使った剣と同じ効果を持つものと知れた。
何しろたちまちの内に影の軍勢は次々と元の影に立ち還り、あっという間にパワーバランスは逆転してしまった。
直ぐに影の軍勢は帝国から現れるはずだが、それを見通していたように、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』の軍勢が帝国内の城砦の入り口を制圧。
現れる影の兵士達に次々と切りつけ影に戻していく。
「ちっ!あれをどかすしかないか」
かと言ってどかそうにも、未だ健在なる英霊部隊は『六王権』の護衛から動かせない。
何しろ無限とも思える剣群の半分を相手にしている、ここで一人でも動かせば『六王権』に危害が及ぼう。
そして残り半分の内、過半数を帝国封印に使用されている。
では更にその残り・・・全体から言えば数パーセントは何処に?
そんな『影』の内心の疑問に現実から回答が来た。
「問題あるまい。十本程度あれば貴様を殺すのに」
エミヤの声に気付けば、『影』目掛けて飛来する十二、三本ほどの剣と一緒にエミヤも『影』目掛けて駆け寄っていた。
その手にはあの聖剣を持って。
その距離は眼と鼻の先、本来ならば遮る筈の影の軍勢は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』に阻まれ、出てきていない。
以前『大聖杯』にて身を守った影の巨獣も、士郎との死闘でその力を存分に振るった影の英霊もいない。
まさに『影』は丸裸にされていた。
「これで終わりだ、最高側近、約束された(エクス)」
聖剣より純白の光が迸る。
「勝利の剣(カリバー)!」
純白の光は『影』とエミヤ双方を呑み込んだ。